大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(う)627号 判決 1991年9月25日

本籍

高松市中野町三九八番地

住居

静岡県磐田市今乃浦五丁目六番四号 リバティタウンA―2

会社役員

庄司孝英

昭和二二年一月一日生

右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和六三年三月二二日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官平本喜禄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

原審における訴訟費用(証人世俵利美に支給した分)は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人古市修平名義の控訴趣意書並びに同寺尾正二、同樋口和博及び同堀内稔久連名の控訴趣意補充書に、これらに対する答弁は、検察官平本喜禄名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、被告人を実刑に処した原判決の量刑が著しく重きに失し不当であるから、これを破棄した上、刑の執行を猶予されたいというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討するに、本件は、被告人が後記納税義務者ら及び小島葵、世俵利美、新開一史、二宮啓、金義信、井山健一らとそれぞれ共謀の上、いずれも架空債務を計上する方法により、塚越治義並びに矢部一夫の相続税及び所得税、井山ハルら三名の相続税をそれぞれ免れようと企て、昭和五八年五月から同五九年四月までの間、五回にわたり、税理士世俵利美の作成した内容虚偽の各申告書を所轄税務署長に提出し、そのまま納期限を徒過させ、もつて、不正の行為により、相続税合計三億七九六一万六七〇〇円、所得税合計八八八五万三一〇〇円を免れたという大型の脱税請負事犯であつて、その逋脱額が巨額であることはもとより、それぞれの逋脱率も一〇〇ないし八九パーセントと極めて高率であること、本件当時、貸金業や射撃場を経営していた被告人は、その射撃場に出入りしていた小島葵が、脱税を請け負い多額の報酬を得ていたことを知るや、その仲間に加わり、同人と同様に多額の報酬を得ようと考え、右翼団体の会長の地位にあつて国税当局に顔の利く右小島や税理士の世俵ら数名と相謀り、相続税法や所得税法の各規定を悪用し、脱税額の半額に相当する金員を報酬として取得する約束の許に行つた極めて計画的かつ悪質な犯行であること、しかも、被告人は、予め知人や本件の共犯者らに納税に困つている者がいた場合には紹介して欲しい旨依頼しておいたところ、共犯者らの探し出して来た納税義務者らから本件脱税を依頼されるに及んで、その実現を容易にすべく、小島葵と依頼者らとの間に立つて、緊密な連絡を取り合つたばかりでなく、架空債務を計上するに当たり、虚偽の借用証書や領収書等関係書類の作成にも直接関与する(この点につき、所論は、同旨の認定をした原判決には事実の誤認が存する旨主張するけれども、原判決の挙示する関係証拠によると、被告人が関係書類の作成に直接関与したことは優に肯認出来るので、右主張は採用出来ない。)など、本件犯行の重要な役割を担当している上、その報酬として少なくとも一億一七〇〇万円を取得しており、しかも、これを遊興費等に充てるなどして派手な生活をしているのであつて、動機の点でも全く酌むべきものが認められないこと、被告人には、原判示確定裁判のほか、道路交通法違反(無免許運転や速度違反等)の各罪により罰金刑に四回処せられていること、以上の諸点に徴すると、被告人の刑責は甚だ重いといわなければならない。

してみると、被告人は、本件につき深く反省し、報酬として取得した金員を返還すべく、原審当時、納税者らとの間で示談を成立させ、その示談金として、合計一三六〇万円を支払つたこと、そのため一部の者から寛刑を希望する旨の上申書が提出されていたこと、共犯者らとの刑の権衡等、原審当時に存した被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、被告人を懲役一年六月に処した原判決の量刑は、その宣告当時においては誠にやむを得ないものであつて、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、被告人は、原判決を厳粛に受け止めて、一層反省の度を深めると共に、当審に至り、株式会社ミヅホに勤務し、同会社から借り入れた金員をもつて、塚越ら納税義務者に対し、合計六五七五万円を支払い、また、井山らに対しても、合計二七〇万円を支払つたほか、同人らに対する残額の支払いに代えて、所有するマンションを三一七〇万円と評価し、これを同人らに譲渡する旨の代物弁済契約を締結し、その履行を了したこと、そのため同人らはそれぞれ被告人を寛大に処せられたい旨を記載した上申書を提出していること、その他原判決後に生じた被告人に有利な諸般の情状に、原審当時から存した情状をも併せて斟酌し、本件の量刑について再考してみると、本件は刑の執行を猶予すべきものとは到底認められないが、刑期の点において、若干重きに失するので、原判決の量刑をそのまま維持するのは明らかに正義に反するものといわざるを得ない。

よつて、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決の認定した事実に共犯及び併合罪の処理を含め、原判決と同一の法令を適用し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、刑法二一条に従い原審における未決勾留日数中八〇日を右の刑に算入し、原審における訴訟費用(原審証人世俵利美に支給した分)については刑訴法一八一条一項本文を適用して、これを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)

昭和六三年(う)第六二七号

相続税法違反等被告事件

○ 控訴趣意書

被告人 庄司孝英

右の者に対する頭書事件の控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和六三年七月一一日

右弁護人 古市修平

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は被告人に対し懲役一年六月の実刑判決を科しているが、量刑著しく重きに失するので破棄されてしかるべきである。

(一) 原審は量刑の事情として本件各相続税及び所得税のほ税額総額が四億六、〇〇〇万円余りに及ぶ大規模な脱税事件であること、多額の報酬を得る目的で裏付書類の作成に関与するなど積極的に関与していること、謝礼のうち約一億二、〇〇〇万円を受領しているが実際に返済したのはわずかであること等の事実認定のうえ右実刑判決を科しているが、量刑事情のうち一部に判断の誤りがあり、且つ左記に述べる被告人に有利な情状につき正当なる判定がなされていない。

(二)1 本件犯行の動機、契機について

被告人はかつて射撃場を経営していたが、共犯者である小島葵とは同人が昭和四〇年代中頃より時々射撃練習に来るようになったことから面識ができたものの個人的付合いは当初は全くなかった。

ところがその後小島会長の部下の手形の割引の問題等から同人と直接話す機会があった際、同人より「税金等の問題で困ったことがあれば助けてやるから相談するように」等と言われ、又友人らから「小島会長に頼めば税金が安くなる」等という噂を聞き及び、常々同会長の力に感服していた。

その後被告人は昭和五七年末頃か同五八年初旬頃、知人の女性より税金問題の相談を受け、小島会長に依頼したところ、同人が税務署へ赴き交渉してくれたが、その際の同会長に対する税務署員の応接や昼食の接待等に接し、且つ課税されなかったことから益々その力に畏敬の念を抱くようになった。

その際同会長から税金問題の紹介をすれば謝礼をもらえることを聞き、軽率にも本件事件に関与するようになった。

当時被告人は景気の低滞から射撃入口が減少し、射撃場の収入が激減していたことや、以前に射撃場が台風によって被害を受け多額の設備改良資金の借金をしていたこと等から経済的に苦しい状況下にあり、又生立ちが貧困であったことも動機となって事の善悪を十分思慮するいとまもなく本件犯行に手を染めてしまったものである。

2 本件犯行について

イ 本件犯行の端緒は、外車セールスをしている知人の磯崎より昭和五八年二、三月頃塚越治義が税金で困っていることを聞き小島会長に相談したところ引受けてくれたため、被告人は東京に赴き塚越に相続税の申告を小島会長に依頼するよう説得し、数回の電話連絡を経て了承を得た。

その後申告のため小島会長や世俵税理士らと東京に赴き、世俵らにおいて申告書を作成し、小島会長が同行して藤沢税務署において申告の手続をなしたものである。

ロ 本件犯行が敢行しえた理由及び役割について

本件犯行は小島会長の存在があってはじめて敢行しえたものである。

即ち小島会長は、右翼団体反共郷友会会長の肩書と常々税務署員に対し金品を贈る等して強い影響力を持ち、これを利用して申告書を受理せしめたものである。

小島会長なくして世俵税理士や庄司のみで右申告書をなしてもすぐ露見することは明白であり、世俵の申告書作成は単に形式を整えるだけにしか過ぎなかったものである。

被告人においては、当初は小島会長より脱税のシステムについて企業秘密ということで知らされてなかったが、塚越の申告書作成等を通じて次第にその内容を知るに至った。

しかし申告書の作成自体は重要ではなく、小島会長の税務署員に対する影響力が本件犯行の大半の役割を担っていたものである。

被告人は塚越、矢部、井山の三件を通じて脱税の仕方については一切説明しておらず、ただ小島会長に依頼するよう説得しているにすぎない。

従って被告人の役割は納税者に小島会長を紹介し、税務申告を依頼させる単なる紹介者の立場にあった。

ハ 裏付書類作成の関与の有無

原審は被告人が架空債務計上のための裏付書類作成に積極的に関与した旨判断している。しかしそれは事実誤認である。

即ち前記のとおり被告人は税務関係については無知であり、又小島会長も企業秘密ということで脱税のシステムについて教えられていなかった。

確かに被告人の署名した約束手形、借用証類があるが、これは全て世俵税理士が書類を用意し、下書きしたもので、被告人は世俵に指示されて言われるままに署名しているにすぎず、当初はその書類の作成意図さえ知らなかった。

ニ 謝礼、その配分及びその返済について

謝礼は小島会長の指示に従って被告人は正規の納税額の半分である旨塚越らに伝え、同人らよりほぼ半額を受領した。

各共犯者間の配分についても当初より小島から紹介者サイドと小島サイドで各折半すると言われており、ほぼその方針どおり配分され、被告人は紹介者サイドで分配し、塚越の関係で三、五五〇万円、矢部の関係で四、六五〇万円、井山の関係で三、五〇〇万円合計一億一、七〇〇万円を受領した。

しかしその後被告人は、昭和六〇月七月頃塚越、矢部に対し受領済みの礼金のうち各五〇〇万円を返済した。又その後矢部に対しては、同六一年七月二九日横浜地裁で和解が成立し、塚越、井山とは各々同六一年一二月一〇日、同六二年七月二日公正証書による示談が成立し、それぞれ毎月一〇万円宛現在まで返済を続けており、矢部には合計二〇〇万円、塚越には一六〇万円、井山には九〇万円を既に返済している。

その結果原審議において井山からは、被告人に寛刑を求める上申書まで提出されるに至っている。

被告人の返済状況をみれば将来にわたって完済に至るまで確実に履行することを期待できる。

従って原審が指摘する現実の返済額の少額をもって被告人に不利な量刑判断をなすべきではない。

3 犯行の中止について

被告人が小島らと脱税に加担したのは本件の三件であって、井山正一の譲渡所得税の件以降は小島らと絶縁し、全く関与していない。

これは当時小島や世俵が関与した岡山での脱税に関する詐欺事件が発覚して捜査の手が延び、関係者が逮捕される等のことがあったため、被告人は明確に自己の罪を確認し、妻子らのために小島らと袂を分かち、自らの意思で犯行を中止したものである。

従って右のごとき犯行の中断すべき契機があったにもかかわらず犯行を継続した他の被告人らとは明らかに量刑において差違があってしかるべきである。

4 被告人の経歴、前科等について

イ 被告人は、貧困な家庭に育ったため、アルバイトをしながら高校に通ったが、経済的事情のため一年で中退し、就職して家計を助ける親思いの少年であった。

その後懸命に働き、資金をためて昭和四四年、五年頃より射撃場を経営するまでに至った。そして被告人は長年にわたって日本クレー射撃協会に協力し、幾多の優秀な選手を育て、且つ自らも選手として世界的な大会で優勝するなどクレー射撃界に貢献した功績は大である。

ロ 又被告人は、本件事件で妻子に迷惑をかけたくないため妻と昭和五九年七月に離婚をしているが、その後妻が夫の苦境を理解し、復縁をして現在に至っている。

ハ 被告人は、自己名義で射撃場の土地建物を所有していたが、多額の借金のため抵当権が設定されていたため、その返済をせまられ昭和六三年七月頃売却されており、その他に不動産や目ぼしい資産は全く所有していない。

確かに本件事件で一億円余りの所得があったが、悪銭身につかずの例えのとおり融通した先が倒産する等して被告人の手元には受領した礼金が全く残っておらず、無一文の状態であり、塚越らに一括返済しようにもできないのが現状である。

ニ 現在被告人は、本件事件により地元においては全く社会的地位、信用を失墜しており、仕事ができないため関西方面で骨董類を商って、矢部らに毎月の返済をするのが精一杯の状況にある。

しかも前記のとおり最近射撃場を売却したため、射撃場の収入が無くなり、同時に妻も失職したため、高校生の子供を抱えて困窮しており、被告人が服役すると塚越らに対する返済ができないばかりか家族が路頭に迷う結果となる。

ホ 又被告人の前科は、昭和六〇年六月道交法違反で執行猶予付判決を受けたのみで、本件までは善良な社会人として生活をしてきており、本件については被告人も深く反省し二度と罪を犯さない旨誓っている。

又共同被告人であった金義信が執行猶予の判決を受けている点も併せて斟酌されたい。

以上の次第であるので頭書のとおり原判決を破棄のうえ、是非とも被告人に執行猶予の御判決を賜りたい。

以上

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